無自覚:長期入所の子は「社会や家庭の事を教わる必要性」を自覚できない
養護施設にいる間の問題
子どもは自力では自覚できない
わたしは施設入所中に、家庭の子が家庭生活を通して家庭生活や社会のルールを”実践的に”学んでいる事を知らなかった。【当たり前だけど】家庭の子は家庭の事を教わっているなどど意識せず、日常の生活の中で自然に知識を受け取っていたのだと・・・。
その間、施設の子は塀の中にいて、家庭生活を知らないままなのだから、自力では家庭の事を教わる必要性を自覚できなかった。全ての情報は子ども達から遠ざけられ、施設の塀の中の掟とルールと集団生活に縛られている。
だから、たとえ中学生や高校生になっても、家庭を知らない事に気付かず、そのまま社会に出て、その後で失敗続きだとしても、さして重大な問題だなんて思わないだろう。

子どもは自力では自覚できない
わたしは施設入所中に、家庭の子が家庭生活を通して家庭生活や社会のルールを”実践的に”学んでいる事を知らなかった。【当たり前だけど】家庭の子は家庭の事を教わっているなどど意識せず、日常の生活の中で自然に知識を受け取っていたのだと・・・。
その間、施設の子は塀の中にいて、家庭生活を知らないままなのだから、自力では家庭の事を教わる必要性を自覚できなかった。全ての情報は子ども達から遠ざけられ、施設の塀の中の掟とルールと集団生活に縛られている。
だから、たとえ中学生や高校生になっても、家庭を知らない事に気付かず、そのまま社会に出て、その後で失敗続きだとしても、さして重大な問題だなんて思わないだろう。
施設職員の問題意識も感じられない
わたしのいた養護施設では「家庭的処遇の進んでいる施設という自意識が強かった」ように思う。当時の事をある職員は「あえて職員を先生と呼ばせず、お兄さん、お姉さんと呼ばせたりしていたのも家庭的処遇の一貫だった」と言っていた。
その為か、職員自身、家庭的処遇を行っているのだから家庭を知らない児童がいるなどと露ほども思っていない。何よりも施設では家庭虐待の保護児童をメインの体制づくりをしていた様子なので、長期入所児童にかまけていられない。
家庭を知らない児童について問題意識のない施設が、きめ細かく様々な年齢層の児童と里親家庭とのマッチングなんて行わないだろうと思っている。何よりも施設職員は施設の方が下手な家庭よりも優れているとさえ言っているのだ。
退所後も自覚できない
家庭を知らない事の問題はそれなりに記事に書いてきたので端折るとして、退所後も一般常識の無さを無自覚で生きる。一人で生き抜いてきた自負心だけはあるし、ぶん殴られた事をもって「根性がついた」等と、さらに頑固な精神力で歩いてしまう。
家庭を持った後も自覚できない
だが結婚した時にはじめて、少しずつ家庭生活に関する違和感が生じはじめる。しかし結婚後、自覚できればまだマシだが、大抵は即離婚してしまう為、何がなにやらわからないだろう。もちろん文章も残す人もいないし、語る人もいない。いつの間にかいなくなるのがオール施設育ちだから。
そんなわけで、年齢の上がった施設児童が施設にいる間に、自分が「家庭生活を知らない」事に気付き「教えてもらう必要性」を自覚し、そして実践の為に里親さんと繋がろうとするとは、今の施設業界を見ていると、思えない。
・・・かといって、アフターケアじゃ心もとない。
それでも、偶然このブログを見て何か胸騒ぎを覚えてくれる施設入所中の子がいればうれしいと思う。ただ、やはり一番無理がない状態は、ゼロ才児委託だと思う。家庭の子が育っていく中で家庭的なセンスを身に付けられるのと同じようなフローで里子もできるだけ無意識のうちに家庭の子になっていけたらと望んでいる。
わたしのいた養護施設では「家庭的処遇の進んでいる施設という自意識が強かった」ように思う。当時の事をある職員は「あえて職員を先生と呼ばせず、お兄さん、お姉さんと呼ばせたりしていたのも家庭的処遇の一貫だった」と言っていた。
その為か、職員自身、家庭的処遇を行っているのだから家庭を知らない児童がいるなどと露ほども思っていない。何よりも施設では家庭虐待の保護児童をメインの体制づくりをしていた様子なので、長期入所児童にかまけていられない。
家庭を知らない児童について問題意識のない施設が、きめ細かく様々な年齢層の児童と里親家庭とのマッチングなんて行わないだろうと思っている。何よりも施設職員は施設の方が下手な家庭よりも優れているとさえ言っているのだ。
退所後も自覚できない
家庭を知らない事の問題はそれなりに記事に書いてきたので端折るとして、退所後も一般常識の無さを無自覚で生きる。一人で生き抜いてきた自負心だけはあるし、ぶん殴られた事をもって「根性がついた」等と、さらに頑固な精神力で歩いてしまう。
家庭を持った後も自覚できない
だが結婚した時にはじめて、少しずつ家庭生活に関する違和感が生じはじめる。しかし結婚後、自覚できればまだマシだが、大抵は即離婚してしまう為、何がなにやらわからないだろう。もちろん文章も残す人もいないし、語る人もいない。いつの間にかいなくなるのがオール施設育ちだから。
そんなわけで、年齢の上がった施設児童が施設にいる間に、自分が「家庭生活を知らない」事に気付き「教えてもらう必要性」を自覚し、そして実践の為に里親さんと繋がろうとするとは、今の施設業界を見ていると、思えない。
・・・かといって、アフターケアじゃ心もとない。
それでも、偶然このブログを見て何か胸騒ぎを覚えてくれる施設入所中の子がいればうれしいと思う。ただ、やはり一番無理がない状態は、ゼロ才児委託だと思う。家庭の子が育っていく中で家庭的なセンスを身に付けられるのと同じようなフローで里子もできるだけ無意識のうちに家庭の子になっていけたらと望んでいる。
| 養護施設にいる間の問題 | 06時33分 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

























1人で生き抜いたしまった施設育ちなのよ
http://prayermaria.blog74.fc2.com/blog-entry-258.html
以前書いた記事だけど、「ひまわりの咲く家」の女の子は、乳児院からずっと施設で育ち、8歳で里親家庭に行ったの。
8歳なんて遅すぎる。施設で1人で生きることが身に染みついた子どもにとって、日常生活のあれこれを細かくしつける家庭は、うざい以外の何者でもないの。
海外旅行にも何度も連れて行ってもらって、それでも、里母の口やかましさに施設に戻って、あたしは、この著者は甘ったれていると思ったの。
でも、一番の原因は、8歳まで施設にほったらかしていた児童相談所なの。0歳で里親家庭に行っていれば、この女の子は普通に親子の関係が作れ、幸せになったの。
あたしは、sidoさんのいう「私たち(里親)も努力するけど、君(里子)も努力して欲しい。互いの努力がなければ親子にはなれないのだから」という言葉に凝縮されていると思うの。
施設育ちは、すでに天上天下唯我独尊で生きてしまっているのだから、自分のやり方、生き方で正しいと、間違って覚え込んでしまっている。そんな生き方は、間違っていると、社会で生き延びたあたしは思うの。
| Maria | 2008/11/19 07:04 | URL | ≫ EDIT