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「夢を持ちなさい」と人は簡単に言うけれど

メンタル整理

    関連記事ブログ:Mariaの戦いと祈り
  1. 施設の延長の殴り合いの世界の夢なんていらない
  2. TV番組 エチカの鏡 ココロにキクTV - フジテレビ


 夢を持つ意味と夢の内容が繋がらない

 「子ども達に夢を与えたい」と言いながら、色んなボランティアの人が施設の中を通り過ぎていった。「夢を与えたい」と言いながら施設の子にとっては高級なお菓子をばら撒いて去っていった。「夢を与えたい」「夢を持ってもらいたい」「夢を信じて」と連呼される度に心の中で引いていた。大人の自己満足を自覚してやっているならまだしも・・・自覚していない人の方が多かった。

 施設では常に「夢」という単語に数え切れない程のタグがつけられキーワードになっていた。でも当の自分達は何を言われているのか判らなかった。夢というものが何なのか判らなかった。




 さて本題・・・。今日見た番組から受けた印象について。幼い子らがテレビの前でボクシングを見せられてる事に対する違和感について。

夢というよりは逃れられないリアルのよう

 施設の先輩が成功したといっても、テレビの前で、施設時代の延長のようなボクシングばかりを見せられたのでは【夢を届けてもらったというよりは】施設時代の殴り合いの再演を見せられてるようでキツイ。

 大人になっても殴り合いが続いているようでボクシングを見る事ができなかった。いつも思ってた事だけど、施設育ちが選ぶスポーツはボクシングばかりだ。養護施設の延長のような殴り合いのシーンを見ていると、目をそむけてしまう。

 わたしも殴り合うのが日常の世界で生きてたからこそ判る。他に進むべき道がないのだ・・・。もっと他のスポーツをやりたいとか、考えるべくもない環境だから仕方ないと思うが、殴り合いが日常の施設の子の場合は、夢を持つ事とボクシングが直結している、でもそれは夢というよりは、逃れられないリアルのように感じられて仕方なかった。

 施設育ちの発想は殴り合う世界ばかり・・・そこから身を離せない。養護施設出身者は施設を出ても施設の匂いのする世界で生きようとする。そして殴り合いをやめられない事に気付かず、施設の延長のようなボクシングを幼い施設の子に見せ続ける。

 録画しそこなった

 Mariaのところで紹介していた番組を録画したつもりだったのに失敗していた。だからほんの少ししか見てなかったが・・・。どうしても番組を見た印象を書きたかった。

 今日見た番組の中で、ボクサーの坂本博之の戦いをテレビの前で応援している施設の子ども達の姿を見ていて、彼らもボクサーに憧れるのだろうか。・・・と思った。女の子たちも見ていたが、普通の家庭でもあんな風に女の子にも格闘技を見せるのだろうか・・・。

 でも、番組の最後の方でMCのタモリがたしか「夢を持て、なんて無責任な事は言えない」と言っていた気がして、少しだけホッとした。やはりタモリさんだなあと感じた。そして「一生、夢を持たずとも日常を滞りなく生き抜いた人も、それはそれで良いと思う」というような事を【うろ覚えです】言っていて、わたしも同感だった。

 わたしにとってボクシングを始めとする格闘技はあまりにリアルすぎる。おそらく夢の類ではないのだろう。わたしはきっと、ささやかな日常というものが、夢物語なのではないかと思った。

 ボクサーの坂本氏から夢を感じる事はできなかった。むしろ逃れられないリアルを示された気がする・・・養護施設の子は殴り合う未来しか用意されていないかのように感じられた。

 

 

| ├ メンタル整理 | 01時32分 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

ありがとう

 Maria、ありがとう。

| Lei | 2008/11/24 07:13 | URL | ≫ EDIT














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