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「子どもたちの碑」を前にした時何故か癒されゆく気持ちを持った

メンタル整理

 関連記事ブログ:Mariaの戦いと祈り
 養護施設で死んだ子どもたちの鎮魂の集い2008

 Mariaと会う前の心情

 Mariaがほとんどわたしの気持ちを代弁してくれた。わたしは言う事がなくて困るくらい。わたしは日曜日にオレンジリボンキャンペーンに行って、とても疎外感を感じてた・・・。



 「養護施設にはいわゆる昔でいう孤児はいません」という言葉に対してきちんとした整理作業をしてない自分なのに、家庭虐待の為に命を落とした子ども達の鎮魂の場に居た。わたしは「ちがう、孤児はいないという言葉が、遺棄児、養育放棄児を居ない事にしてる」と思っていたけれど、言葉にならなかった・・・。

 オレンジの風船とオレンジのリボンが溢れる中、アーティストが音楽を奏で歌い・・・。わたしはその間も、このはじめて参加したイベントで身の置き所がないような気持ちだった。だから理性を必要とした。

 いかなる虐待も許されるべきではないというからには家庭の虐待も養護施設内での虐待もあってはいけないという視点で進行してほしかった。でも実際は、施設へ保護され得なかった子どもの声だけしか、取り上げられていなかった。

 オレンジリボンキャンペーンでは施設内虐待について語られる事はなかった。スルーしているというよりは、触れられていない感じがする。

 それでも勇気付けられたのは、手元に配られたパンフレットに「施設内虐待のリーフ」があり、虐待は家庭だけで起きてるのではない事が理解できた。そしてもっと目立たない深い問題として「生まれてから中卒、あるいは高卒までの全ての子ども時代」を施設で育つ事の問題についてのリーフがあり、とても心強く思った。

 そして、Mariaも指摘するように、わたしはやさぐれた。Mariaが電話してきても「あなた何、誰?」と言ったり、もうとにかく、棄てられている状況に埋没していた。Mariaがどれほど心配してくれてたかとか、まったく気にできなかった。

 とにかく棄てられてる感覚だけが溢れていた・・・。

 Mariaと会う

 Mariaの仕事が忙しいのは知ってたから、彼女を呼び出したりしちゃいけないと思ってたけれど、心のバランスが取れなかった。何か、大事な事を忘れている気がしていて・・・。

 でも、彼女と話しているうちに「養護施設のこども達の鎮魂の集いを今年はまだやってない事」に気付いた。そして2人で急遽行く事になった。Mariaは管理職なのに本当に申し訳なかったけれど、今では彼女に感謝している。

 後は彼女のブログの通りだけれど、わたしは「取り残されたような」こども達の碑を前にして、自分の気持ちをどこか代弁してもらったような錯覚を覚えた。亡くなった子ども達をまでツールにしちゃいけないと思いながらも、あの派手なキャンペーンを見た後では、静かなこの場所はいっそう、自分の気持ちを表してくれたように思えた。

 気付くとMariaも祈りをささげていた。わたし達は静かな森の中の碑を前に缶コーヒーを飲みながら少し話をした。雲ひとつない澄んだ空気と夕暮れの兆し、そして鳥のはばたきを視野に納めながら、この静かな場所で、子ども達の声なき声を聞いた気がした。


 ・・・・

 そうそう、碑の掃除をしていたらご近所の方らしい上品なご婦人が声を掛けて下さった。

 「毎朝手を合わせています」と言ってくださり、とてもうれしく思った。

 飲み会

 わたし達はそのあと、飲み屋に行って、いい時間まで飲んでしまった。Mariaは「養護施設の子ども達の碑に行って心のバランスが取れたわ」と言ってた。それはわたしも同じ気持ち。わたしは、自分のスタンスを理解した上で家庭虐待もいけないと言いたい。ただやみくもに言うのでは足りないと思った。

 Mariaがなぜ、わたしにとってソウルメイトなのか少しずつ判るようになってきた気がする。


| ├ メンタル整理 | 17時33分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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