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諦念:施設生活しか知らない事を結婚相手に説明しきれるものではない

養護施設を出てからの問題

 家庭がない生活を家庭育ちに説明しきれない

 まず、一般の家庭育ちは、幼い頃より親から育てられてきて家庭があり地域で生きる事は空気のようなもので、いちいち意識してはいない。自分の命が代々繋がってきた事もすぐに理解できる養育環境で生きてきた。

 だから家庭で育った人と結婚した自分としては、もう、家庭を全く体験した事がない人に、説明しきれるものではないという事を認識した。それは機能不全家庭の出身者が「今度こそ温かい家庭を」と想像できるのは「冷たい家庭」を知っているからだと思う。

 夫は「君は幼少時代施設に居たから今度こそ温かい家庭を欲しく思ったんじゃないの?」と聞き、 わたしは「幼少時代からずっと施設しか知らないのでもっとマシな施設になってほしいという考え方しかできない」と答えた。

 施設全部育ちが施設の職員になったり保母になったりして、施設でのみ自分の人生を生きようとするのも、反面教師としての家庭像を知らないからだと思う。夫が上記のような質問を向けたのは、家庭体験がある事が前提の質問なので、答えられる筈がなかった。



 そこで少し整理を進めて・・・

 「家庭を一度くらい体験したかった」と告白する施設全部育ちに向けて、家庭出身者が「ひどい家庭もあるよ」と反論するのは、家庭体験を全く持たない施設育ちには論点としてかみ合わないのだと納得している。

 先にした方がいいのは自分の問題を考える事

 わたしは今回、再び諦め、そして考えた事がある。

 夫が家庭生活を知らない施設育ちを理解できない事、姑が嫁に対して子を思わない親はないと言い続ける事、彼ら家庭育ちと自分では、全く話がかみ合わない事、それらについてさすがにわたしが施設というものの世界観を語ったところで説明できるものではないという事を知った。

 家庭しか知らない彼らに施設の世界観を語ったところで彼らの問題ではないのだ。これは施設で育ち切った自分だけが負う問題なのだ。そして、他の施設育ちとして理不尽と思うかもしれないが、家庭育ちと結婚した施設育ちは、結婚した家庭の問題に参加する責任と義務が、嫁、あるいは夫として、相手の家庭に入った時点で発生するという現実。

 家庭の問題に参加せざるを得ない結婚した施設育ち。そして相手が自分の過去の育ちについて責任を負う義務も責任もないという事。

 ましてや姑がいくら「親の顔が見てみたい」と言えど、当の施設はわたしの子ども時代については、他の子同様「担当ではなかった」と言い、卒園後は「自己責任だ」と言うのだから、結婚した相手の家の人が、彼らの知らないわたしの過去について何か出来るわけではないのだ。

 施設全部育ちが先にした方がいいのは自分がいかに家庭を知らないか、無愛着であるかという問題を認識すること。結婚する前に、全く家庭を知らないという事について、漠然とではなく、もっと具体的に悩む必要がある。とはいえ・・・実際、施設育ちは卒園後、家庭に全く縁がないまま結婚してしまう場合が多いのも実情だが。

 わたしの失敗した話を読む事で少しでも・・・

 ただ、こうして失敗した反面教師としての施設育ちがテキストを残しておけば、誰か施設育ちがそっと読んでくれるかもしれない、少しばかり問題の本質に気付いてくれるかもしれないと希望を持っている。

 知っているのと知らないのでは随分違うと思っている。情けない話が目白押しだけど仕方ない。

 ★教訓:自分の過去の整理をする前に過去の整理の必要性の有無を問うところから始まる
 

|  養護施設を出てからの問題 | 07時47分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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