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それでも、他人から言われるとムカっとくる「空っぽな心」とかいう表現

養護施設にいる間の問題

TV番組 空っぽの心に陽が昇る ~児童養護施設の1年~


空っぽという表現の軽さ

 Mariaとケンカしてから初めての見捨てられ不安を知って数日。真剣に謝ってからMariaが会ってくれてすごくうれしかった。これで安眠できそうだ。

 と、ところで。

 そんなMariaが紹介してくれたこの番組、まず題名で何かムカッとした事に気付いた。わたしは普段から自分の事を捨てられたとは言ってるが【自分の課題に向かう為、わたしは自分をそう認知すべきだった】こんな視聴率狙いの「いかにも施設の子」という感じの題名見せられてげっそり。

 ああそうだ、ムカッとしたというよりは「またか」という感じのげっそり感を味わったのだ。施設の子を取り上げられる時のお定まりというか紋切り型の幾つかの題名、空っぽな心に~、という表現の後に、少し幸せな家庭育ちの申し訳ない気持ちが染み出てるようなとってつけたような「陽が昇る」という表現へ繋がっているように感じられる。

 わたしは別に、空っぽなんだから陽が昇らなくてもいいと思う。今、感じてるそのままの気持ちをそのまま感じる時期が、それぞれ固有にあると思う。もっと不幸な子なんか想定しなくていい、自分が悲しい自分の気持ちを感じてほしい。


 
 場当たり的

 ・・・基本的な、彼女の肖像権とかその類の不安はMariaがきちんと言ってるので・・・わたしは番組の構成のどこか、あざとい感じについて、一言語りたいと思う。

 この番組を通して視てその場その場で、けっこう印象が違うなと感じた。施設の限界を炙り出したいのか、施設はこれで良いが足りないと言ってるのか、番組のスタンスがよく判らなかった。一度も会った事のない生物学的親に愛着がボンドしてるという訳の判らない話を持って来てるが、それで良いのか??

 メインとして取り上げられてる女の子の問題の本質【1・名ばかりの実親の問題、2・保育士を母と表現する問題、3・10年以上の長期入所児童の問題】に迫れないまま、女性保育士を最初は「もう1人のお母さん」などと表現し【それ以前にファーストマザーがいるのか?】最終的にはこの保育士が結婚する事になった為、今度は「年上のお姉さんが結婚する」という表現へ素早く切り替えている。

 同情

 これではこの子、たまったものではない。いちいち「感覚的なものをリセットする」施設長期入所児童だから、この保育士とのかかわりも、ごく自然に別の保育士に切り替えているとは思うが、番組の構成上、泣かせたい部分なので妙に力入っていて気持ち悪かった。

 さらに13年も施設へ放置していた母親に子どもの側から手紙【確か】書かせたり、直接、強引に見える方法で会わせたり、顔は見え放題だし、わたしはフラバのようなものを体験した。

 「居る子とされている長期入所児童」
 
 この子の卒園直前の状況は、わたしの卒園状況に非常に似ている。物心付いたら児童養護施設にいたのに「しきりに、あなたには生物学的親がいるのよ、あなたにはたった一人の親がいる」と呪文のように唱えられ、一度も育てられた事がないのに、面会もないのに、まるで居るかのように扱われ、延々と施設で待たせられてしまった。それも当てのない大人をね・・・。

 そして卒園直前に、まるで呪文の集大成のように「親に手紙を書かせ」何も知らない施設全部育ちの子に、実親と称する人間に強引なアクセスをさせるのだ。

 保育士の結婚、その位置づけ

 この番組の最後は「もう1人のお母さん」と冒頭、番組内で位置づけられていた保育士の結婚式で幕を閉じる形になった。施設の子にとっての「もう1人のお母さん」が、お母さんとまで表現しておいて、女の子を捨てて、他人と結婚した保育士の、保育士なりの限界を見せ付ける場面だった。

 ・・・・

 この子は「実親から引取り」を拒否され「自分の子ではない」と言われた。長い間施設だけで育ったこの子の現実そのままに彼女は施設へ捨てられ続けていた。

 数歳しか年の違わない女性保育士をもう1人のお母さんと思うには無理があるし、途中で年上のお姉さんが結婚したと言い換えたとしても、誰も彼女の家族でも何でもないと感じた。本当の意味での家族を知らないわたしが言う話じゃないと思うが、誰もこの番組の時点で、彼女の人生に責任取ろうとする人はいないのだ。

 彼女にとって単に一人の保母が結婚し、退職?する儀式に付き合っただけ。

 まとめ

 この子は施設で全部育ち、その気持ちを吐き出そうとすると、この保育士から「世の中にはもっとつらい子がいる」と感情を封じられ、卒園直前に親と連絡取らされ、その結果生物学的親から「わたしの子じゃない」と突きつけられた。彼女は捨てられた事実を再確認しただけの話。


 ところがそれで終わらず、保育士の最後は、少女の目の前で大事に育てた両親への手紙を読む事で、更に彼女【女の子】の捨てられっぷりを浮き上がらせ、家庭育ちの彼女【保育士】は自ら、育ててくれた親に感謝し、感動の結婚式をあげた。

 わたしはこの間、まるで【かなりできの悪い、又は、出来の悪さを装うかのようなもっとあざとい】ブラックジョークをみるような気分だった。

 ★今日の教訓:スリコミにより保育士をもう1人のお母さんと呼ばされ、会った事もない生物学的親を母と慕う事を強要させられ、それもできなければ結局のところ、最後は自己責任で生きろという、そいう世界を再認識した。。

 ・・・?

 というか、この子生後すぐに里親家庭へ行けば「わざわざ空っぽな心にがんばって陽を昇らせなくても」良かったんじゃない?
 
 家庭を一度も与えないシステム的虐待を、施設全部育ちの個人の子どもの問題へすり替えるなと思った。ただ、大きくなったこの子が他の子を差し置いて保母に甘えるシーンが見受けられたが、本当にそんな事できるのだろうかと、疑念もわいたのは事実。

 

|  養護施設にいる間の問題 | 06時48分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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