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「こんなに向き合ってくれた職員はWolfが初めてだ」と言ってしまった事

養護施設を出てからの問題

 又もや表現の失敗

 WolfがMariaとわたしの仲直りに尽力してくれて、それがとても心に響いて、最大限のWolfへの感謝の気持ちとして他に思い浮かばず「Wolf、あなたほどわたしに向かってくれた職員は居ないよ」とつい、うっかり言ってしまった。わたしにとっては最大限の感謝の気持ち、自然に口をついて出てきた言葉・・・。

 Wolfは「何が言いたいの?」という目でわたしを見るし、Mariaは呆然?としてたし、わたしは何か又マズイ事を言ったかな?と恐る恐る・・・。そして気付いた。Wolfはわたしと向かい合ってくれた職員じゃないのに、どうして、一番大事な場面で他に言葉が出て来ないのかと・・・。


 Mariaのダメ出し

 でも今回は「それ書きなさいよね」とMariaから言われ、確かに整理が必要だと自分でも思い、ここに失敗談を公開。

 Wolfは10年もの長い間わたしの側にいてくれたのに、今もWolfがわたしに対して時間を作ってくれたり、会ってくれたりするのはイレギュラーなんだなあ、彼がわたしに向かい合ってくれる事が今でもわたしの中ではピンとこないのだと知った。

 わたしは今も心の癖があって、誰かがわたしの為に時間を作って会ってくれる人がいると「向かい合ってくれた」と表現しがち。でも、その表現は家庭育ちの夫からみても異質な表現のようだ。

 固有の相手の出現に慣れてない

 一人の子と「向かい合う」という状況はどんな状況にあるのかをまず考える必要があると思う。大勢の子の中の一人当たりの、職員の「持ち時間/timelimit」を「関わる、向かい合う時間」と捉えている。
 
 家庭では時間があるし、その子専用の大人なのだから、そもそも「向かい合う」という単語がない。その家庭の親がその子に関わるのは当然なのだ。

 そこで、WolfとMariaから苦笑・・・というか、あきれられたわたしの発言だが、いつもわたしは他人に一介の自分に付き合わせて申し訳ないという気持ちが強すぎるから、つい、変な言葉が出てくる事に気付いた。

 有限な時間を骨身に感じ

 本当は一時職員が向かい合ったからといって、捨てられた事実を埋める事はできない。それなのに、何故か向かい合ってくれたという言葉が施設には蔓延していたように思う。誰も本当の意味で誰もいないのに、誰かがいたような気持ちにさせる都合のいい単語。

 わたしは、有限の時間を使い、側に居て話を聞き続けてくれて、そして何よりも固有の相手になってくれようとするソウルメイトたちを、向かい合ってくれたレベルで語ってはいけないと思った。

|  養護施設を出てからの問題 | 14時49分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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