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家庭育ちの言う「当たり前」についてゆけない時に考えること

養護施設を出てからの問題

 普通とは、常識とは

 夫にも口癖がある。

 「普通は~こういう場合は、こういう風に考えるものなんだ」というものが時に珍妙に感じられても、それは彼の中での常識なのだという。

 しかしわたしには弱みがある。普段ブログで書いているように施設育ちは世間知らずだ。リアル生活でも、その大原則の中で夫婦で共同生活をしているが、そのせいもあり、夫はわたしに対して、家庭や社会を教える教育係然とした雰囲気を持っている。



 おそらく結婚前からもそうだったのだろうが、結婚前は整理作業をしてなかったので、わたしの中で、彼の言葉の意味を考える精神的な土壌がなく、当然思考へ至らせようとする発想もなく、ただスルーしていた。

 しかし今ではいくら世間知らずの自分でも、それぞれ固有の家庭があるとしても、この国という大きな大枠の中での【常識の範囲内での】各家庭である事は知っている。

 この国、いえ、地球規模で共通事項となっているものは、家庭養育を中心した社会構造になっているという事、それらが国ごと地域ごとの共通概念を持つ事で1つの社会を形成し、それが国家となっているという捉え方を、わたしはしている。

 そしてこの「お互いの共通概念の部分」が常に意見の衝突の火薬庫である事が問題でもあり課題でもある。

 しかし夫にとって夫の育った家庭が全てであり、彼が「普通は~」と語りだす時のバックボーンは彼の育ちの中から【だけ】生まれてきたものである事を、あまりに無造作に捉えているように感じる。

 たとえば、

 「世間的に常識が無かったとしても、うちはこうやってきた、お袋には常識はないがオレへの想いは正しかった!(力説してる・・・)」と言われれば、社会的な常識を学べなかった事で悩む施設育ちのわたしはさらに悩む事になり、迷ってしまうのだ。・・・やれやれ難しい。

 生まれて初めての結婚=生まれて初めての家庭

 確かにわたしにとっては、夫の家庭が生まれて初めての家庭だ。しかし夫の家庭から取り入れても良い情報と、世間と照らし合わせても大きく隔たりすぎている情報を取捨選択しなくてはならない。いくら施設育ちにとって初めての家庭といっても、わたしは里子として家庭に入ったわけではないので、大人として「情報」をどのように吟味するかが必要。

 生まれて初めての家庭が結婚生活のスタートと同時になりがちな、施設全部育ちは、自分自身何の知識も一般常識もない上に、さらに、ユニークな家庭との接点を持つ可能性が大きい。そのような時、施設育ち側に家族親戚一切居ない状況で、自分なりに常識を持たねばならない。

 このような観点からも、個人的に太い情報のパイプを持っておきたかったという気持ちがある。

 

|  養護施設を出てからの問題 | 04時17分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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