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今更格差:非正規雇用労働者として工場の製造業で働き続けた日々

養護施設を出てからの問題

 クビを切られること

 「今まで本当にお疲れ様でした。非常に申し上げにくい事ですが、君達には今ここで解散してもらう事になりました。今日一日元気に働こうとして出社してくれたと思いますが、どうか理解下さい」と朝から口頭で伝えられる。

 ショックを受けている人がいて「なんでこんな目にあうの?ひどい、ひどすぎるよね、そう思わない?」とわたしに言ってくる人もいたが

 「派遣労働者なんだから仕方ないよ」と答えるしかなかった。

 実はそんなにクビを切られるのはショックでもひどいとも思ってなかった。不安定な生活、流動的な人間関係、明日をも知れない日々、いつもダンボール一箱から私物を取り出して生活する日々。何がそんなにショックなのか、何がそんなにひどいのか判らなかった。




 命のやりとりと製造作業

 わたしたちはいつも誰かがよく感電した。220ボルトの電源【海外仕向け】の家電を製造ラインで作る時も、その職場ごとに異なる死なない知恵を身につけた。それでも時々、運ばれる人もいた。そのような人は次の日にはもう来なかった。
 
 「俺たちの代わりはいくらでもいるんだよ、ロボットなんだから、何も考えないで手動かせ!」と隣のヤンキーの年上少年が耳打ちしてくれた。わたしが感電した時、誰にも言えずに感電のショックで心臓が早鐘のようにうち、手足が冷えて固まった時のことだった。
 
 わたしはすぐに復帰し、何台か通り過ぎていった製造品を作りつづけた。わたし達はロボットだと思い働く事には慣れていたが、身体が小さい分、死ぬリスクは高いと予感していた。製造ラインで製造作業をするという事は命を掛けた仕事だ、身体を刻む作業だ。

 
 なるほど

 そして最近の非正規雇用労働者たちの、横断幕を持ったパレードを見てはじめて、ある朝いきなりクビ切られたり、ある日いきなり寮を追い出されることって、ひどいことなんだと教えてもらった。

 施設を出て一ヶ月以内に退職の憂き目に合い【じぶんのせいじゃないので】その後は結婚するまで流転の生活だった。

 家庭の人々の怒りから学ぶ

 不思議なことに、家庭の人々が最低限の生活を強いられる社会情勢になる事により、今まで施設育ちにとってはごく日常だった風景が、実はそれは怒ることだと教えられる形になった。

 仕事に対してどれ程身体張っても報われない、どれ程人間扱いされてないと感じるか、まるでモノのように捨てられる事への人々の怒りを見て、これがたぶん、もしかしたら人間らしい反応かもしれないと思えた。

 わたしは元々製造ラインのお仕事に愛着を持つ意味はなかった。ロボット感にけっこうはまったわたしは流転を続け、いくつもの派遣会社を変えながら働けたが、親に仕送りするタイプの心優しい子は仕事が出来なくなっていった。先にモチベーションが下がるようだと気付いた。

 工場長は毎朝のように「仕事に誇りを持って下さい」と朝礼で言っていたのが印象的だった。非正規雇用労働者の首切り問題をテレビで見ていて、個人的にそんな事を思い出している。養護施設育ちは昔からこのような働き方が多かった。

 でも今は、家庭の子でありながら、ここまで生活レベルが下がったので「格差」という言葉が使われるようになった側面もある。施設育ちは相変わらず黙々としてるだろう、その傍らで家庭の人が怒りの声を上げてくれると、施設の子も、色々な事に気付けるのではないかと思う。

 家庭で育った人々の怒りの声などを見て、何が人権か少しずつ考えていこうと思っている。

 ・・・ただね、これはわたしの意見だけど企業も生き残らなくちゃいけない。企業は福祉ではないのだから、その厳しさはどこかで自覚しないとね・・・と密かに思っている。


 

|  養護施設を出てからの問題 | 08時05分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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