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内幕:「その訴えを誰が評価」するかに関わらず同じ訴えを続けること

養護施設を出てからの問題

 少し関連記事:Mariaの戦いと祈り/ちょっと複雑な気持ち…


 社会問題化と世間の評価を信じる時・・・

 今回の派遣切りについては整理作業が必要だった。つまり、夫とわたしには一筋縄ではいかない深い意識の違いを再認識させられる事となったので。
 
 最終的には、前回の記事にあるように、テントやマットを送り届ける事となったが「初動」が遅れてしまったのは昨年末から2人の意見がズレていたからという微妙な現実があった。

 最初はわたしは派遣切りの人々と児童養護施設出身者を強く結びつけて考えていたので、夫からニュースを聞いて【今回あまりテレビを見られなかった】居ても立っても居られない気持ちになっていた。夫はその頃、関心は多少あるものの、そこまで何かやろうとしなかった。

 やがてニュースの全容が見えてくるようになり、その結果、ごく普通の労働者がこのような労働災害に遭ってしまった事にショックを受けた夫が「何か気になるようになった」と言い出した。

 彼が言うには「田舎で就職先も無く派遣社員になる為都会へ出てきたのに、今度は家族がいるのに、家にも帰れなくてかわいそう」だと感じるようになったそうだ。



 2人で意見の落としどころを見つけて多少の物資を届ける事にしたが、たったこれだけの行動をするにも、いちいち意見を戦わせなければならないとは・・・と疲れを覚える。

 一般の人に起こり得る事態

 彼は運転中も「世の中の人がこれだけ問題視していいる事だから、だから問題なんだ」と言っていた。彼は「マイノリティの人の意見は、一般の人々に受け入れられて、社会的にも問題化すれば、それは問題かもしれない」と思ったそうで、Edwardさんの施設内虐待を許さない会の活動や、Mariaとわたしのブログ発信などが、世間にも理解されるようになって来たので価値があると思うようになったそうだ。

 という事は、言葉を変えれば

 「誰も問題にしないから問題ではない」と思ってるのだろうか?

 派遣労働者の問題は今となっては社会問題となっているが、夫は古い付き合いの中で、わたしが子どもの頃、公園に住み着いていたことも、いきなり派遣会社をクビになったことも、わたしの独白で知っていたようだ。今回の派遣労働者の首切りの問題は、わたしが10年以上前に体験していたことだった。

 一方、夫は当時、わたしがそのようにクビを切られても「まあ仕方ないんじゃないの~」という感覚だったそうだ。何故仕方ないかというと「親もなく施設育ちだから」というところで完結していたのだ。・・・なんというか、やはり身につまされない以上、反応できなないのは仕方ないのだ。

 社会的な問題になる必要性

 しかし「今回は問題だ!」と敏感に感じたそうだ。その、互いの意識の大きな隔たりをどう整理していいか判らなかったのは事実。

 わたしは当然今回、派遣労働者の中の児童養護施設出身者をターゲットに考えているが、夫は、ごく普通の家庭の人でも起こり得る事態になっている事をターゲットとして捉えている。

 その結果、互いに共感はできなくても、今必要としているモノを届ける事ができるという点で2人は一致し、同じ行動を取る事ができた。

 しかし、たったこれだけの事でさえ、わたしは夫という世間の壁を感じてしまう。全くもってマイノリティであるだけで、訴えを起こす事自体冷ややかな目で見られ、その長い訴えが社会に認められて初めて夫も、これは問題だと考えられるようになる。

 彼は何かいつもお墨付きがほしいらしいが、わたしはいつも必要な事を粛々と発信していくだけ。世界中の誰がわたしの感じ方をユニークで変な人と言っても、わたしがそれを問題だと感じている限り、ずっと語り続ける。
 
 以上
   

|  養護施設を出てからの問題 | 06時58分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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