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施設での告知:施設での児童の親に関する取り扱いは乱暴だ

養護施設にいる間の問題


 里親家庭での真実告知の課題を通して考えた事が幾つかある。でもまだ整理しきれない。施設職員の感覚と里親の感覚はあまりに違い過ぎていて、わたしは里親さんから見れば恐らく、とても乱暴者で、里親さんからすれば、とても破天荒な表現をしてしまうのだと思った。




 施設での実親の取り扱われ方

 ずっとここ数日考えた事がある。その為、わたしもネット上とはいえ、施設文化と家庭文化の違いに適応できずにいたのだと思う。

 わたしは情には流されない人間だと思っていたが、実は「流されない」という表現自体、何かおかしいという事に気付いた。絆の出来た里親子は当然ながら情がうつるものだし、それぞれの立場で相手の状況を慮るのはごく自然な流れなのだという事にも気付いた。

 今思うと「情に流されてはだめよ!」という感覚は施設の保母の感覚であり、施設では児童の情にほだされること、児童から愛着を持たれてしまうことは保母失格とも言えるのだ。

 里親家庭はそれぞれに家庭であり、里親家庭という公共の部分のみをわたしは見ていたのだろうと思う。公共性となると、全てが明らかにされ、磨かれたガラスのように透明でなくてはいけないと思い込んでいた。

 まず家庭というものは、虐待家庭でない限り、外から見えない事は基本的に安全なのだ。しかし施設では外から見えない部分は隠蔽のイメージしか持てず、恐怖感につながり易い。しかし、それでありながら、子ども達の生活は記者を呼んでいつも世間にさらし者になっていた。

 「恨むなら親を恨め」と教えられ

 生物学的親を恨むような子に育てたくないと以前言っていた里親さんがいた。しかし、施設では・・・。

 施設内虐待の裁判の傍聴でも再現されていたが、職員が児童を殴る時「恨むんなら親をうらむんだな」と言っていたり、その子の親の事を皆の前で辱めるように言ったり、育てられてもいない親とはいえ、周囲の周知の事実としてイジメを受ける際のキーワードとして、親の名を使われていた。

 本当なら、そのような養護施設ので育っている事がその児童の背負わされた問題だけど、顔も知らない親の事でイジメを受けるという形で、親の事を告知されていたのだと知った。

 里親が里子を気遣う姿を見て、違和感を覚えたけれど、考えてみたら施設での乱暴な方法の方がおかしくて、それはすでに、実親の悪口を通り越して、実親とその子を関連付けたイジメのようなものだった。

 だからこそ、実親から捨てられて施設に入った事に怒りがどうしてもあり、そしてその怒りは正当ではあるものの、里親と会う事で捨てられ続けられなかった里子とは又違うのかもしれない、考えを整理している。

 わたしの課題は捨てられたこと

 施設全部育ちの自分の課題が捨てられた事にあるのは間違いない。だから1施設育ちの立場として、語り続ければいいのだと思う。少しソウルメイトとの絆づくりをかじり、少し夫との家庭生活をかじったからといって、絆の何たるかを知らないし、捨てられた事を容認できるものではない。

 というところまでは少し整理できそうだ。
 

|  養護施設にいる間の問題 | 06時49分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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