PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

Mariaとの「犬に吼えられる理由について」の何とも情けない会話の断片

メンタル整理

 関連記事あえて人の子として扱われなくては人間として進めない道があるから 

STOP!犬猫「里親」名称

 に吼えられやすい

 Labrador Retriever 
このは吼えない・・・というか寝てる。

 今までは「吼えられるのは悪い人間だから」という言葉を鵜みにしてきた。なぜなら対極の言葉として「から好かれる人に悪い人はいない」というのがあり、わたしはいつも犬が歯をむき出して吼えるので、自分のHNにあるように、悪魔的なのかと勝手ながら思っていた。

 でも猫からは嫌われた事がなくて、動物全般から嫌われているわけではないのは何故?と内心で思っていた・・・。

 格下」という一言

 昨日書いた記事についてMariaと話したとき、ふと、犬に吼えられる話になった。

 すると彼女は「Leiちゃん、あなたは犬から格下として見られているのよ、犬は自分をアルファと思っているんじゃないかしら。だからあなた吼えられてしまうのね」と言われて、あまりに身に覚えがあるのでフリーズしてしまった。


 ちょっとした絡みの話

 昨日の記事と関連するけれど、わたしは以前、仕事がらみで知り合った友人の家庭へ招待された時、その家の小型を見て、漠然と、格の違いのようなものを感じていた。

 その小型はその家でごく当たり前のように生きていた。一方わたしはその頃、訳ありなので下宿先に帰れず路上で寝泊りしてから工場へ勤めにゆく毎日だった・・・。

 あの頃は、子を見ても何を見ても気後れしていたのだと思うが、もうそろそろ人間として自信を身につけなくてと、思うようになった。

 でも今でもわたしは必死に路上に戻らないようにと思っているが、・・・いつどうなるかは分からないと感じている。でも、だからといって、どんな立派な家庭で飼われている飼いとも違う種別としての、わたしは人間だと思いたい。それに小型とわたしがどっちがアルファかと考えてる状態が、まず、変かもしれない。

 そのマダムが言うには「いつも大人しいいい子ちゃんでめったに吼えないのよ♪」と教えてくれた。でもわたしは内心ビクビクしていた。そのビクビクが伝わったのか、めったに吼えないはずの○○ちゃんが牙をむき出しにして噛み付いてきた。

 その時、そのマダムが、噛み付こうとした犬よりも噛み付かれるほど信用のならないわたしを、一瞬だけ冷たい目で見た。わたしが悪い人なのか?と真剣に悩んだ事けど・・・。でも、そうじゃない。

 犬を前にすると人間としての自分を意識する

 「人間として自信を持つ事」が必要なのだと思う。人権というのはもしかしたら、人を人足らしめるものではないだろうか。わたしは率直に自分が、サルから人間へとメタモルフォーゼ(というか人間の進化を図で紹介した絵)していく、あの有名なイラストが頭に浮かんでいる。

 犬に吼えられないように、しっかり人間になろうと思う。【まず、目的がそこかよ。っていうのは突っ込まないで】

 わたしはきっと【本当は】犬の飼い主の人は、自分が【人間であり、犬に対しては社会的にも責任を負うべき飼い主】である事を意識していると感じてならない。

 アルファという考え方があるのだったら、野生の犬のリーダーではなく、人間【飼い主】の命令をきくように【社会の中で生きられる飼い犬として】訓練されている筈だから。

 まあ、人としての自信を持つレベルのわたしだから、犬猫里親名称については数年越しで整理したいと思う。
 

| ├ メンタル整理 | 11時18分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

ありがとうございました

 緋色悠依さんの補足、わずかばかり気づくのに遅れてしまいました。あなたのブログはつい読んでしまいます。カテゴリもぜんぜん違う読書好きかな・・・。

 あやまる必要はありませんし、当然求めていません。

 確かに、自分自身と自分を取り巻く出来事以上のケースを知らないので、考え方も自分独自の考えから発生している事を意識したいです。

 初めて出会い、初めて語るのですから、最初はお互いに、触覚を触れ合うしかないのですから、どうぞ気になさらずにね。

 でも、そうそうレッドクリフ、実はわりと興味があります。

 諸葛孔明はもともと気になるお方でした。歌もalanさんの声が好きです。

 今はこんなお返ししか出来なくてごめんなさい。でも、わたしはあなたのブログを時々読ませていただきますね。

 読書はいいですね。

 ちなみにわたしは、エジプト考古学がが好きな、ある意味歴女かもしれません。アンケセナーメン妃のツタンカーメン王への愛について、かなり胸を高鳴らせた子ども時代があります。


| Lei | 2009/04/15 10:40 | URL | ≫ EDIT

はじめまして

 
 緋色悠依さん、はじめまして。読んで下さりありがとうございます。

 わたしはきっと、犬を見ても何を見ても気後れしてしまう事に課題を持っていると自己分析しています。気後れ→苦手意識となり、その感覚が犬にも伝わるのかもしれません。

 親記事に載せている写真の犬は気の優しい犬だと飼い主さんから教えられました。気の優しい犬という情報を教えられ、少し安心しました。そして写真を撮らせていただきました。その方はわたしを施設育ちだと知りません。

 一方、親記事に出てくる、そのマダムは、わたしが施設出身者である事を知っています。そのマダムは差別意識を持っていない事をわたしに表明する為に、家に招待してくれた事を今ではわたしは知っていますが、その当時は断りきれずに困り果てていました。

 自分を好きになる事については、Mariaの説明にあるように、捨てられた自分を好きになる事は心理的にも脳の解釈としても大変難しい作業なのです。

 今は自分で構築してきた部分があるので、以前ほどは自分を見捨てないように生きていけそうですが・・・。

 コメントをありがとうございました。あなたのブログでの読書内容と深さや量に大変驚きました。そしてかちかち山の記事、なかなか興味深く読ませていただきました。あちらにコメント残さなくて失礼しました。
 

| Lei | 2009/04/13 07:48 | URL | ≫ EDIT

性格の悪い飼い主の犬は、性格悪いと思うのよ

緋色悠依さん、こんにちは。

>とくに、Leiさんは自分を好きになること。が一番必要なんじゃないのかな。

 誰からも好かれたことのない施設の子が、「自分を好きになる」って、とても難しいことだと思うのよ。
 「自分を好きになる」ってどういうこと。具体的に何をするの?

 そもそも、「好きになる」っなに?

 人間関係の一番の基本の部分が欠けたまま育ってしまう養護施設の子は、そこから始めなくてはならないの。
 親から「好き」になってもらって、それなりに大切にされて、愛された家庭の子は、自分の体験から、その言葉の意味がわかっていると思うの。

 それから、犬は、自分を嫌っている人に吠えつくのではないの。格下と思う相手にキャンキャン吠える犬が確実にいるの。施設の子を見下さす飼い主に似ていると思うの。

 だから、あたしは犬に吠えられたら、ジッと睨み付ける。そのうち、シッポを巻いて犬小屋に入る。

 施設の子を見下さない人の飼っている犬は、性格もよくて、やたらと吠えまくらなかったわ。
 あたしは、犬も人間も、相手を見下してキャンキャン吠えるのは嫌い。犬も人間も、性格が出てくるのだと思うのよ。

| Maria | 2009/04/12 23:56 | URL | ≫ EDIT

こんにちは

犬は群れで生活をするから、そのなかでも群れを率いるリーダーがいて序列がある。飼い犬だと一緒に生活をするうちに自分のポジションを見つけ出して犬は自分の序列を判断する。
だから、甘やかして一番先に餌をやったり。肩車のように頭の上に載せてあやすなどを繰り返していると、犬は序列を勘違いして自分が一家のリーダーだと思うようになり、ある出来事で飼い主を噛んだりする様な不幸な出来事が起こることになります。
でもこういったことは、序列を勘違いさせるような飼いかたに問題があるので犬が悪いわけではないですね。

でも、猿も群れで生活するので犬と同じように群れの中で序列があり。猿を飼った場合でも。ご主人や奥様などが自分が序列が上に振舞わないと犬と同じように猿も勘違いする。


でもね。
犬はもっと違うものを見ているとも思います。
端的には”犬が好きな”人かどうかということを敏感に感じ取っているのでしょう。
私の母などは通りかかった見ず知らずの犬でも目と目が会ったら撫でてくれと犬のほうから寄って来る。おなかを向けて撫でなでしてもらって犬も気持ちよさそうなのを見るとコッチも癒される感じがする。

だから、ブログを全て読んだわけではないのでなんともいえないけど。
自分の好きな人の意見だけを聴いていてもダメなんだよね。会社なんかでも厳しく叱ってくれる人の方が自分を高く買っていてくれる場合が多いと思うし、結局その人が陰日向になって自分を守ってくれている場合も。振り返って考えれば確実に多かった。

犬を好きになること。人を好きになること。なんだと思うし。
とくに、Leiさんは自分を好きになること。が一番必要なんじゃないのかな。

偉そうに言ってごめんね。それだけ真摯に受け止めなきゃと気負いすぎたのかも。



補足
いろいろと言い方はありますが
『自らを持って他を察する』
他人の身になって考えたつもりでも、ついつい自分の身の回りに置き換えて考えてしまいがちです。
自分の身に起こったことがら以外は皮膚感覚として理解しにくいことなので、自分では理解したつもりで驕るのはいけませんし、ましてや議論をしたいわけでもなく。喧嘩を吹っかけているわけでもないので。
文章にすると堅くなってどういう風に受け止められるのかも難しいところですので、私のコメントで解ってないなとお気に触るようでしたらあやまります。

ブログでこういった思いを書きとどめるというのはいいことだし。
自分とはまったく違う見方をする人の率直な形に出会えて、私は非常に勉強になったことはありがたいことだしコメントを返していただけるというのはうれしいです。


末永く続けていただければ幸いです。

| 緋色悠依 | 2009/04/12 11:07 | URL | ≫ EDIT














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/925-790d7439

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。