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「家庭の人は構ってあげないと欝になる」と言われて困る

メンタル整理

 構ってほしいとは?

 わたしは「家庭の人がごく普通に構って欲しいというその範囲設定」がわからない。

 「この条件下にある個人に対し、どの範囲内で関われば、構ってもらえたと感じる?」と訊ねてみても、遠い目をして答えてくれず。「そんな事をいちいち質問されるオレって何?」という思いに浸られて【半泣きで言われて】その先話が進まない。

 


 わたしは施設育ちなせいか、話さなくても判る相手なんて出会った事がない。あ・うんの呼吸という不思議な能力を使えない。お互いに違う人間同士なのだから会議する事に何の問題も感じていない。

 以前何かで喧嘩して「オレの事は放っておいてほしい」と言われたので、最低限の家事はするものの、彼の事をそれとなく見守りを続けていたつもりだった。しかし、彼は「本当に放っておくなんて!」と怒った。わたしは言われた事に対して真面目に応対したが、彼は、そんなわたしに怒りを向けた。ロボット、冷血、色々言われた。

 なのでそれ以来「何か要望がある時は、口伝で、メールで、メッセンジャーで伝えてほしい」と言ったのだが、そのような事を彼がしなくてはならない事がひどく傷つく事のようなのだ。

 わたしは超能力者じゃないから「要望があれば言ってほしい」と伝えていても、そのような表現自体に傷つく家庭育ち。わたしは、だからこそ互いに話し合うべきだと思っているのに、彼はだからこそ傷つく。

 被害者としての

 以前から、施設を知らないから「ここは家庭に思えない」と言われてはいたが、それの意味するところが分からなかった。ただ、わたしの過去の整理が進むにつれ、彼のわたしへの怒りも大きくなっている気がする。

 家庭育ち施設育ちの間には、とても深い間隙があるのではないだろうか。けしてを積極的に傷つけたいわけじゃないのに、彼はわたしからネグレクトされていると訴えてくる。わたしは自分が育ったとおりに接しているんだと思う、そして最低限必要な事はしているし、要望があれば言って欲しいとも伝えてある。

 何かがわたしには足りないらしい。家庭の人の気持ちを勉強していてもスッと理解できず・・・。彼はわたし達婦に子どもが居なくても、わたしのような無愛着母さんに育てられるよりは、生まれない方がいいとも感じてるようだ。わたしは、施設で育ち施設での世界観を丸ごとこの家庭へ投影してしまった。

 その一番の被害者は、家庭で育ってごく普通に親になり子を育てたかったなのかもしれないと、最近申し訳なく思う。今までは夫を一方的に根性無しと思ってきたが、夫は家庭で根性付ける必要はなかったのだ・・・知らなかったけど。

 唯一つだけ判っているのは、大人の彼が施設育ちのわたしに、異論を唱える事ができる事が、これからの先の整理作業にヒントを与えてくれる気がするという事。
 
 もしこれが、2人の間に生まれた幼子であれば、言葉を駆使できずに痛みだけを引き受ける事になってしまう・・・。わたしはこういう点からも、家庭で育った人の感じる意見を全て無視する事は難しい状況になってきた。

 自立について
 
 さて施設育ちは自立、自立と追い立てられて生きて来たが、構われないとになる夫のような人と結婚した時、今まで自分が抱いてきた自立の感覚が宙に浮いてしまう。家庭で依存しあう事が、わたしには考えられないのだ・・・。

 しかし、施設育ちは自立を急かされて生きて来たが、本当に自立がわかってるだろうか・・・。
  
 自立という言葉をきくと、施設育ちは自己責任で一人で抱えて生きるものだと思ってしまう。誰とも供給できない思いを抱えて、そのような自分の問題を発信せず、自分独自の問題だと思い、生きてしまう・・・。

 自立は、誰にも相談せず孤独に生きる事ではなく、社会の中で過不足を補いながら生きれる事こそが自立じゃないだろうか。

 けして孤独に抱えることが自立ではないと、最近は思う・・・。しかし夫の気持ちにさえ答える事ができていない事を考えると、大げさだけど社会への適応の難しさを知る。

 これは幼い頃から家庭で育てば、身につく事ができる感覚なのだろうか・・・。

| ├ メンタル整理 | 10時14分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

ありがとうございます

 はじめましてLeiです。通りすがりさん、・・・もし次にレスする事がありましたら何かHNで書き込んで下さるとうれしいです。

 このブログは文芸ブログではありませんが、最近は、心情吐露に、何か「まぶす」努力をしてみようと思い、少し、表現を色々模索しています。何をまぶせば良いのかわからないですが・・・。

 さっそくその本を検索してみましたが、男の人も男らしさなるものへの確たるものを持たないまま、生きてるのかもしれないなあ・・・と思いました。

 そんなわたしもまた、女だと思いますが、女という確たる何かが掴み切れません。

 右のサイドバーでも、Dellのサイトで女性向けとうたったサイトが炎上したという記事をブックマークしてます。わたしは、ジェンダーの問題を持っているという以前に、家庭を体験した事がないという問題を持っています。

 その語り方が難しいのですが、可能な範囲でがんばります。

| Lei | 2009/05/27 18:27 | URL | ≫ EDIT

はじめまして、突然失礼致します。
通りすがりの者ですが、時折こちらのブログを拝見しております。
伴侶の方の反応のくだり、私はヴィルフリート・ヴィークの「男という病」を思いおこしました。 育った環境の違いとは別に、多くの男性に共通する反応のようにも感じられましたので。

| とおりすがりさん | 2009/05/27 13:20 | URL |














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