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いつも同じ事しか書けないのは同じ気持ちが根底にある証拠なんだと思う

メンタル整理

 何度も言うように、わたしはストーリーテラーじゃない。これは、人が無愛着な気持ちを信じるかどうかはともかく。わたしが生きてきた中で考えてきた道のりだから、文章の技を駆使して語ることは大変難しい。


 きっとこのブログにも機能不全家庭の人が閲覧に来ていると思う。わたしが施設だけで育つ事の問題を書けば書くほど、もしかしたら、家庭で傷を受けた人の、何かしら自覚されない傷がうずくのではないかと予想している。でもわたしが書くコトバに疼きや怒りや焦燥を感じたとしても、それはその方の整理すべき事と思う。

 わたしは乳児院・施設だけで育つ事、子どもたちが捨てられた人生を納得など出来ない事、整理なんか出来ない事、又整理して納得をしたら、大人になった時、子を産んでも施設へ捨てる気がしている・・・などなどをこれからも書いてゆく。

 わたしは今も人間関係がなかなか拡張されないので・・・別の語り口とか、そんな風には考えるゆとりが無い。施設しか世界を知らないし、様々な人との長いスパンでの繋がりもない。だから同じ話しか書けないのが実情。集団生活だったというのに、今に繋がる人間関係は誰も無かった。みな、施設を出たら二度と会う事もない人々だった。

 たしかに環境によってわたしは無愛着になったけれど、大人になったわたしは、人間関係を捨てない道を模索していくのが急務だと思う。環境の影響を受けたとはいえ、わたしは今大人だ。

 だから里親家庭という、もやいのような、繋がり続ける事の大事さを意識しつつある。わたしの文章は無愛着で・・・だから一部の家庭の人の心にささくれを意識させる、だから、わたしは時々、とても嫌われる。

 これは幼い頃から、感じていることだった・・・。でもわたしは愛着を持つが故の苦しみを知らないので、他に表現方法を持たない。これが延々と繰り返されるのだ。 

 それでも、捨てられた子は居なかった存在にされたくない。孤児は居ないというコトバは、児童養護施設に遺棄児童・養育放棄児童が居ないかかのように扱われている事に他ならない。
 
 孤児は形を変えて今も施設に居続ける。誰も迎えに来るものが無く、施設だけで子ども時代の全てを育つ子どもがいる。10年以上施設で育つ子どもがいる。

 子どもの10年というものは、子どもの人生の全てだ。その間捨てられている。乳児院の子どもは十五年以上。

 この問題をわたしはMariaと共に語り続けてゆきたい。

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