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距離に応じた人間関係というものが一番理解しがたい

養護施設を出てからの問題

 人間距離がわからない
 
 わたしは、わたしに親しみを感じてくれる人【それ自体奇特な人】から「離れる為なら何でもやる」と思われやすいが、それは違う。ただ、近づきすぎた為離れなければならないと思ってるだけなのだ。わたしにとって一番やっかいなのは慣れている捨てられる事よりも、慣れてない捨てない人間関係が一番困難を覚える。人が近くにずっと居続ける事のプレッシャーを感じやすい。


 一般家庭の人は距離が近いと親しみを覚えるらしいが、その感覚だけは身についていない。自分にとって親しい人、そうでない人との区別がつかない時も多い。

 同じように接する事は出来ても使い分ける事ができない。その態度が結局、調子のいい誰にでも表面的で浅い態度に見えるのだろう。
 
 距離の区別のない世界に居た事が影響しているか分からないが、わたしと親しく付き合おうとする人はいつも、距離を使い分けられないわたしの態度の為に、彼自身がわたしにとって特別な人だと思えなくてイライラするようだ。

 喧嘩の大半はこれに尽きる。ストーカーで困っている人も世の中には大勢いるというのに、人畜無害に離れて忘れるわたしというのは、けっこう気楽な性格ではないかと思うのだが・・・。そうではないらしい。

 でも人は誰かにとっての特別なポジションでいたいらしい。わたしはなかなかその期待に応えられない事が多く、だんだん、人間関係の維持そのものから遠ざかろうとしてしまう。

 頭では間違っているとわかりつつある

 しかし、今までと違い、自分の方が間違った態度をとっている事はわかりつつある。少なくとも排除されてない間は、その人のそばにいるべきだし、その人のそばにいる事で平安を得られたら良いと思う。でも、人が近くにいると、だんだん緊張してくる事が多いのは困った癖だ。
 
 わたしは今まで誰にも、自分はその人にとっての特別な人間だんて思った事はない。それ自体変わった思考の持ち主だという事に気づいてきたが、あまりに長い間そうしてきたので、今、特別な誰かを設定する事が非常に難しい。

 それが全ての人間関係をぶち壊してしまう遠因だったのだと思うが、どうしても近づきすぎると、長く居すぎると、何かとてもマズイ状況のように感じてしまうのだ。
 
 そういう感覚をもったまま、生きていると、末期はひとり路上で・・・となる気がするが。そのような道も、結局は自分が選び取った人生という事になるのだろうか。

 ★今日は愚痴なので、前向きじゃありません、ご容赦を。

|  養護施設を出てからの問題 | 02時15分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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