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もしかして「記憶がある部分」の影に隠れて「記憶のない部分」がある?

メンタル未整理

 虐待を受けてない自分像」

 わたしはだんだん自分がある部分でいつも同じ心理になりやすいのが謎だと思うようになってきた。捨てられた事を改めて考えるようになってから、記憶についても、わりと未整理なまま来ていると・・・。

 カウンセリングを受けようと思った事もあったが、嫁いだ先が農家で古い考えの人が多く、少なくとも姑が生きている間は難しい。それにわたしの場合は児童養護施設での集団養育の場の記憶の問題を持っているようなので、家庭出身のカウンセラーにこころを開けない気がするし、カウンセラーもわたしの独特な考えについていけない気がする。



 わたしが覚えてる記憶?は

 いつもいつも「虐待を受けてない事を責められているワンショットシーン」だ。切り取られた一瞬のコマのようで一秒~二秒くらい。

 わたしを責める人は職員?の場合が多いように思う。たぶん、だから、脳が幼いわたしは自分を虐待を受けてない人だと思うのは当然の流れで、ただ、その人たちの怒りを聞いていたように思う。

 でもそれを我慢しなくてはいけないのは「わたしが虐待を受けてない」からだと、思っているので仕方ない事だとも思っていた・・・

 『虐待を受け、施設に入れられた子たちに比べたら、わたしがここで怒鳴られる事くらい、何でもない事な筈』と感じていたようだ。施設では「家庭で虐待を受けた子」の傷への対応が全ての中心だったのかもしれないが、副次的に捨てられた子ども達への怒りもおき易い状況だったと思う。それ以前に虐待の再演や連鎖が常に起きるハイリスク環境だった。

 もちろん、施設にいると通り魔的な暴力に出会う事が多かったので、集団リンチ、集団いじめ、性的、精神的いじめ、は基本的にあり続けたが・・・。

 しかし、

 わたしは、少し風変わりなメンタリティの持ち主だと夫などから言われるが、いつも謎をときたくてたまらない、自分の事さえネタにして、分析し続けたがる変な人だそうだ。でも自分が一番のブラックボックスなんだから仕方ない。

 わたしは「虐待を受けていないことを責められるシーン」を自分の断片的な記憶としているが、それなら、虐待を受けた人が虐待を受けてない人を責めるシーンというのは、どういう背景で、そのようになっていくのだろうか。

 虐待を受けた人が、虐待を受けてない人に対する複雑な心境をわたしは何故、共有できなかったのだろう。そして自分の記憶の中にある「虐待」というものは「家庭での虐待」をあらわしていると思うが、わたしに怒りを持つ人は、それほどに虐待を受けてない事を、わたしに教えて、何が、得られるというのだろうか?

 こういう感じの、ぼやけた疑問を持ちつつある・・・。
 
 あえて再演と

 で、過去から、わたしはブログ上でも「虐待を受けてない」と言い、虐待を受けた人を半ば挑発するような言動を取り、家庭からの施設措置の元施設出身者達をものすごく怒らせてしまった。自分でも訳がわからない・・・。

 自分の過去の記事など【ライブドアなども含め】を改めて読むと、まるで自分の方が挑発しているようにも見え、彼らの虐待の傷をえぐるような事をしていたのかもしれない。虐待を受けてない事で責められた記憶を持っている自分が、虐待を受けた人から殴られたり、ののしられたり、いろいろとあるのが、どこか日常と思っていた?ようだ。

 これは今思うと、

 「虐待をうけてない事で責め立てられるシーン」を知らないうちに求めてしまっていたのではないかと。我ながら情けないがFC2ブログで、このような人々から責められなくなった事で、あの頃をそう分析する事にした。

 当時Mariaからは「LeiちゃんはAさんを自分を責める道具にしているのよ」と言われていた。でもその意味が全く分からなかった。わたしが、怒りを誘発して自分を責めさせる道具にしていたとしたら、加害者をわざわざ作り出すようなものじゃないのかと・・・今書いてて、怖い気がしてきた。

 さらに、虐待を受けてない事で責められるシーンを、わたしは覚えているが、わたし自身が施設で虐待を受けたのかどうかについては、全く分からない。だから無かったから覚えてないんだと思った。

 とりあえずここまで。 

| ├ メンタル整理 | 08時05分 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

はじめまして

 はじめましてLeiと申します。

 子どもは育った環境を丸ごとコピーして生き、大人になり、そのまま子どもへコピーしてしまいやすいと思います。でも自覚しづらいところでもあります。

 自覚していないので、周囲の被害者が声を上げてもピンと来ない、やがて周囲の人がバーンアウトするようです。

 そのように周囲を追い詰めてしまう事を少しでも無くしていく為に、少なくとも自覚ぐらいには進歩しないといけないと感じています。

私は慣れ親しんだ環境を作り出そうとしてるんだ。
それが良い環境か悪い環境かではなくて、長い間なじんでた雰囲気が私には落ち着けるんだ


 落ち着けるというのは、分かる気がします。自分にとって自覚すらしていない感覚へ、形状記憶合金のように戻ろうとする物理的力が働くようですから。

 その戻る力を戻らないようにしなくてはならない。それが育ちの問題を抱えている人の課題なのだとつくづく思います。 自分ひとりじゃなく、周囲の人の為にも・・・。
 
 それぞれに育ちの問題は違いますが、お互いにがんばりましょうね。コメントありがとうございました。 

| Lei | 2009/07/12 13:36 | URL | ≫ EDIT

先ほどの私のコメントは

再びです。
先ほどコメントを投稿しましたが、
読み返してみると、意味が判りにくいですね。
自己紹介ですが、私には子供が二人(長女、長男)います。
自己紹介はこのくらいで、
あなたの記事を読んで
社会人になったころの私を思い出しました。

私の父親はアルコール依存症でした。飲めば家庭は大荒れです。
私の家庭には怒鳴りあう声、ののしる声が日常にありました。

社会人になって、友人にハイジちゃんは誰とでもすぐケンカになるねと、言われました。
私はケンカするつもりはないのですが、どういうわけかすぐトラブルになるのは事実でした

その友人の言葉でハッと、が付きました

私は慣れ親しんだ環境を作り出そうとしてるんだ。
それが良い環境か悪い環境かではなくて、長い間なじんでた雰囲気が私には落ち着けるんだ

そう、思ったことがあります

このコメントが何かあなたに参考になれば良いな~と思って書きました。
ご迷惑だったら削除してくださいね

| ハイジ | 2009/07/11 11:35 | URL | ≫ EDIT

あなたのブログは勉強になります

興味深々のブログ内容なのでここまで一気に読みました。
これからも覗かせてくださいね。

記憶についてですが、
娘が幼稚園のころ私は弟ばかりを可愛がってました。
怒った娘は、いつも私にそのことへの不満を訴えていましたが、私は自分の態度を改善しませんでした。
ある日泣き叫んだ娘は、包丁を自分のおなかについつけて突きつけて死んでやる!と叫びました。
娘をなだめるのは大変でした。
そして娘に次の日にそのときの話をしたら、娘にはその記憶がありません
そんなこと知らないよと、いいました。

| ハイジ | 2009/07/11 11:16 | URL |

自覚がなかった

 Maria、あなたの事まで書かせてしまってごめん。最近はブログにもいろいろな機能が追加され、昔より安全に語れるようになってきた。

 自分では、施設時代に責められていた事柄と、同じようなシチュエーションを大人になった今、まさか自ら求めているとは自覚してなかった。

 自分がそう扱われる事に慣れているので、あまり不快に思わなかったのだと思う。

 こういう形の再演があるとは知らなかった。でもMariaからは明らかにはっきり見えていたのだと思うと、すごいなあと思うよ。

 でもごめんね。まだ未整理だから親記事の内容が正しいかも分からないんだけど、返事をありがとう。

 

| Lei | 2009/06/22 00:57 | URL | ≫ EDIT

Leiちゃん、

>LeiちゃんはAさんを自分を責める道具にしているのよ

 Leiちゃんは、いつもあたしを怒らせて、あたしにあなたを殴るように誘導するの。
 あたしは、どんな怒っても人は殴らないと決めているから、物を壊して怒りをはき出しているの。
 あなたは、自分へ怒りを向けさせることで、自分を壊そうとするの。自分で自分を壊すのは勝手だけど、他人をツールに使うのは間違っているの。

 そして、あなたがあなたを壊そうとすれば、あなたを大切に思っているあたしを苦しめることになるの。

 でも、あなたはあたしが苦しいというとが理解できない。だから、あなたの前でヘッドバッティングする。するとあなたは止めようとする。でも、あなたは、あたしが痛い思いをするのがいやだから止めるのか、単に人道的立場で止めるのかわからない。

 いつも、痛みや苦しみの中にいたあなたは、痛みや苦しみに嗜癖しているところがあるの。心地よさを知らないから、痛みや苦しみがスタンダードになっているの。心地よさを知れば、心地よさがスタンダードになれば、変わっていけると思うの。でも、心地よさの中で居心地の悪さを感じ、自分らしくないと思い続けるのでしょうけど…

 あとで電話するわね。

| Maria | 2009/06/21 14:25 | URL | ≫ EDIT














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