PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

投げ出さない、逃げ出さない事も施設育ちにとっては戦いなのだと思う

メモ

 留まること

 愛着相手の存在しない世界で育った施設全部育ちにとって、家庭に入った時の新たな試練は、そこに留まることだ。

 「何故この人は毎日帰ってくるのだろう?」と夫の毎日の行動を不思議に思わないようにしなくてはならないし、「何故わたしはいつもこの家にいる必要があるのだろう?」と自分の毎日を不思議に思わないようにしなくてはならない。
 
 施設を出ても、戻る家庭のない人は家庭を知らないままだ。さらに仕事だけをしてきて、実際は家庭に入ってからまだ数年しか経ってないのだから、家庭生活に違和感を覚えても仕方ない。

 でも、家庭を投げ出さない、家庭から逃げ出さない事は最低限必要なマナーのようである。どんなに毎日繰り返される日常に慣れず、違和感だらけだとしても、夫の方はそのような世界で育ってきた家庭の人なのだから。

 時々

 でも、時々「何故わたしは今、こんな風な場所に、主婦のような顔をして生きているのだろう?」と感じる。そうなるとそれ以上何も手に付かなくなる事がある。

 自分の体験した事のない世界への不適応感覚というのは、そうやって徐々に忍び寄ってくる事がある。以前のように、明らかな強い違和感を覚えないように努力しているが、時々、異質なこの日常生活の中で生きていると、何かが間違っているように思えてしまう。

 だから、家庭生活から逃げ出してはいけないと思う。投げ出すのはいつでも出来るが、作るのは難しいのだから。でも、この感覚との不一致を、なかなか超えられないのも実情だ。

|  養護施設を出てからの問題 | 02時42分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/979-4cf58dd2

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。