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無愛着児の行動を「わざと困らせている」という家庭育ちの人の根拠は?

SOUL FAMILY-project・別館

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 今回、ゲストさんとのやり取りでふと思い出した事があるのでメモ。

 家庭の子は「わざと困らせる」のか
 
 わたしの行動を、わざと問題を起こしていると考えているらしい家庭育ちの人々。という事は、裏を返せば、家庭の子はわざと何か問題を起こすのが、ごく日常にありふれているのだろうか。
 
 わたしは今までずっと、自分がもし問題行動を起こせば、当然、相応の処罰が科せられるという事が分かっているし、自分が犯した事で連帯責任を問われて、罪もない子がやられるのは避けねばならないと思っていた。なので、わざと問題行動を起こすようなバカな真似は【バカではあるけど】考え付きもしなかった。

 だからゲストさんとのやり取りを通して、そういう発想を持った人たちが家庭から施設へ常に流入してくるのか・・・と呆然としてしまった。

 それでは何故家庭の人は問題行動を起こす事で処罰されると分かっていて、周囲の人々の迷惑を掛けるのか?という点が理解できないが、それ以上の事は、分析力の優れているMariaに聞くしかない。

 ただ彼女は「5年前のあなたには、今回のような(電話を繋げないとか)事は出来なかったわ」と言った。5年前のわたしと今のわたしは少し違うのかもしれない。わたし自身はあまり自覚がないが・・・。でも、5年前だったらどうなってたんだろうか?

 なので約5年前のわたしの感覚を、テキスト化できたものを書いておく。


 ケース1

 これは夫の出来事だが、結婚したばかりの頃。何か些細な事で喧嘩をした時「オレの事は放っておいていいよ」と言ったので、その気持ちを尊重し、家事はやるものの特に声を掛けるでもなく生活していた。ところが二週間くらい経った時、彼はいきなり今度は「何故ほっとく?」と言い出した。

 わたしは言いがかりだと思い、「何故それでわたしが怒られるの?」と言い返した。
 
 彼は「オレにそんな事を言われたら普通は心配してすぐに後を追ってくるもんだ」と言った。わたしはびっくりした。そして「そんな・・・そんな、言われたとおりにしただけだよ」と言った。

 すると「君はわざとそうしているとしか思えないよ」と言ったので、

 「何故そう思うの?放っておいてと言ったのはあなたじゃないの?」と又聞いた。ただ、長期にわたり放置してしまったので、途中から彼を忘れてしまったかもしれない・・・。

 今回のゲストさんとのやりとりは、その時の会話と妙に似ている気がして、これは家庭の人の共通の発想なのかな?と思うことにした。

 ケース2(里子さんの話の又聞き)

 里親に叱られた里子は、ある日、家に戻らなかった。結局近くの公園で見つかったが、里親が「何故家に帰って来ないの」と聞いた。すると「もう帰って来なくていいって言ったし、だから、遊ぼうっておもったんだ」と、里親の目には平然と答えたらしい。
 
 里親はそこで先ほどのやりとりを思い出す。
 
  里子にいくら言っても約束を守らないので「もう帰って来なくていい」と言ったのだ。ここで普通だったら「ごめんなさい」と言えるのに、その里子は公園で遊んでいたらしい。

 ケース3(昔わたしのサイト書き込みした里親さんの話)

 学校に行くとき、里子は「今日学校終わったら、戻るのはここですか?」と質問してきたらしい。

 わたしにも理解できる部分
 
 わたしも含め、他の里子のケースをとっても、誰も自分の行動を悪いと思っていないし、問題だと思っていない。わざと問題行動を起こすどころか、普通に行動しているつもりなのだ。

 でも今回、Mariaを傷つけてしまった事で学んだ事がある。これは愛着のある相手にやってはいけない思考や行動だったんだという事。無愛着の発想は、相手の出方を予測して反応するのではなく、自然体のままに行動している部分が大きい。

 里親は、それを学びの中で知っていても傷ついてゆく。どうしても直に無愛着の子どもと向き合うと、里親さんには愛着ができているから、辛くて辛くてたまらないと思う。

 でもMariaの場合は、自分が無愛着でありながらもわたしの無愛着をやめさせようとした点が、彼女のわたしへの愛情だと理解している。
 
 彼女が施設全部育ちで、わたしの気持ちが分かりすぎるから、先手を打って大人として、わたしの前に立ちはだかる役割をしてくれた。だからサリバン先生なのだけど、わたしは、今回の事を通して本当に、彼女から思われれば思われるほど、空っぽな過去に向かうしかないと、覚悟を決めた。

 それは、愛情の確認とは違う。わたしの虚無への立ち向かいだと思う・・・。

 今まで誰もいなくとも力強くエンパワメントしてき筈のわたしの、自信の喪失への・・・。施設の子の誇りやプライドのはりぼてを、意識させられる事への・・・・

 覚悟を決めるのが、彼女への答えだと思う。


|  Soul-Family-projct・別館 | 11時00分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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